東京高等裁判所 平成11年(ネ)2116号 判決 1999年9月21日
控訴人(被告) 協栄生命保険株式会社
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 関口保太郎
同 脇田眞憲
同 冨永敏文
同 吉田淳一
被控訴人(原告) X
右訴訟代理人弁護士 對﨑俊一
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文と同旨
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
第二事案の概要
一 本件は、Bを被保険者及び保険契約者、控訴人を保険者とする生命保険契約(本件保険契約)において、被控訴人が死亡保険金の受取人に指定されているとして、控訴人に対し、死亡保険金七〇〇万円及びその遅延損害金の支払を求めた事案である。控訴人は、Bには妻があり、被控訴人はBの愛人であるから、被控訴人を死亡保険金の受取人に指定したことは公序良俗に反し無効であるなどと主張したが、原判決は、控訴人の主張をすべて排斥し、被控訴人の請求を認容した。そこで、控訴人が不服を申し立てたものである。
二 右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の当審における主張)
1 原判決は、本件保険契約締結が不倫関係の維持継続を目的とするもの、不倫関係の維持継続と対価性を有するものとは認められず、被控訴人の老後の生活の保全あるいは被控訴人の保険外交員としての成績を上げる目的であった可能性があって、公序良俗に反しないとしたが、事実を誤認したものである。Bと被控訴人との間には、不倫関係以外に特別な生活関係はなく、被控訴人の将来の生活の保全をBに依存するという経済的な事情はなかった。また、被控訴人の保険外交員としての成績を上げるためであるならば、妻を受取人と指定すれば足りるはずである。したがって、Bが被控訴人を死亡保険金の受取人に指定したことは、不倫関係の維持継続を目的とするもの以外になく、右指定は、公序良俗に反し無効である。
2 被控訴人は、控訴人の保険外交員であり、次のとおり重大な職務違反行為があるから、被控訴人が控訴人に対し保険金の支払を請求することは、信義則上許されない。すなわち、被控訴人には、控訴人の保険外交員として誠実にその職務を行う義務があるところ、不倫関係の相手方を死亡保険金の受取人に指定することが社会通念上許されないと知りつつ、Bの愛人である自己を死亡保険金の受取人とする生命保険契約申込書を作成し、その際、保険契約者との続柄について内縁の妻と虚偽の事実を記載し、さらに、保険契約者及び被保険者の住所についても被控訴人の住所を記載してBが被控訴人と同棲しているような虚偽の内容を作出し、誠実に職務を遂行すべき義務に違反したものである。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所は、被控訴人の請求は理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 Bによる受取人の指定について
Bがその意思で被控訴人を死亡保険金の受取人に指定したかについて、当事者間に争いがあるが、当裁判所も原審と同様に、右の事実を認める。その理由は、原判決の事実及び理由の第三、一に記載されたとおりであるから、これを引用する。
2 公序良俗違反の有無
証拠(甲二ないし四、原審被控訴人本人)によれば、Bと被控訴人の関係について、次の各事実を認めることができる。
(一) B(昭和一八年○月○日生まれ)は染色会社の経営者、被控訴人(昭和一六年○月○日生まれ)は控訴人の保険外交員であり、平成三年一月ころ、被控訴人がアルバイトで勤めていたスナックにBが客として来ていたことから知り合い、程なく性的関係を持つようになった。
(二) 当時、Bには妻子があり、被控訴人は離婚して独身であったが、被控訴人は、Bに妻子があることを当初から知っていた。Bと被控訴人は、連れだって野球観戦等に出かけたり、Bが被控訴人宅を訪れる関係を続けたものの、Bが被控訴人宅に泊まることはなく、まして同居したことはなかった。Bは平成九年三月に病に倒れ、入退院を繰り返した後、平成一〇年三月に死亡したが、Bと被控訴人との関係は、Bが病に倒れるまで続いた。
(三) 被控訴人は、経済的に自立しており、Bの生前、Bと被控訴人との間で、金銭の授受がされることはなかった。本件保険契約の締結及び死亡保険金の受取人の指定は、Bが言い出して行われた。
右のとおり、本件保険契約が締結された平成五年三月当時、Bと被控訴人とは約二年間愛人関係にあったものである。もっとも、Bは被控訴人に対し金銭的援助をしていたわけではなく、被控訴人を死亡保険金の受取人に指定することが被控訴人の生活の保障を主目的として行われたと認めるに足りる事情はない。また、Bは、本件保険契約の締結以外、被控訴人が保険契約を獲得することに協力した事実は認められず、本件保険契約の締結が被控訴人の保険外交員としての成績向上を図る趣旨であったとも認められない。結局、先に認定したBと被控訴人の関係によれば、Bが被控訴人を本件保険契約の死亡保険金の受取人に指定したことは、不倫関係の維持継続を目的としたものであったと認めるほかはない。
被控訴人は、受取人の指定はBの被控訴人に対する無償の好意によるもので、不倫関係との対価性はなく、被控訴人はBの家族関係に割り込む意思はなかったと主張する。しかし、被控訴人が妻あるBと愛人関係にあることは、婚姻秩序を害するものであって、愛人関係にあることと本件の受取人の指定との間には関係がなく、右指定に好意以上のものがないとする被控訴人の主張も採用し難い。
そうすると、本件の死亡保険金の受取人の指定は、不倫関係の維持継続を目的とし、不倫関係の対価としてされたものであり、公序良俗に反し無効であるといわざるをえない。
3 保険外交員としての職務上の義務違反の有無
さらに、<証拠省略>によれば、控訴人における死亡保険金の受取人が第三者である場合の取扱い等に関して、次の各事実を認めることができる。
(一)控訴人においては、平成五年三月以前から、死亡保険金の受取人を第三者(被保険者の二親等内の血族及び配偶者以外の者)に指定する場合には、公序良俗に反しないか、不正な利得が図られるおそれがないかを慎重に検討した上で生命保険契約の締結を承諾するかどうかを決めていた。
(二)控訴人は、戸籍上の配偶者がない場合には内縁関係にある者を受取人に指定する契約も認めていたが、戸籍上の配偶者がある場合の内縁関係にある者や愛人関係にある者を受取人に指定する契約は承諾しない取扱いとしていた。
(三)また、知人・友人を受取人に指定する契約も、原則として承諾しない取扱いとしていた。
(四)右のチェックのため、死亡保険金の受取人が第三者に指定される場合は、保険契約の取扱者に「第三者受取契約チェック・シート」を提出させており、被保険者と受取人が内縁関係という場合は、同居の有無・期間、戸籍上の配偶者の有無、子供の有無を記入させ、受取人が知人・友人という場合は、被保険者との同居の有無、受取人が債権者であるかどうか、受取人に父母・配偶者・子を指定しない理由を記入させた。
(五)被控訴人は、控訴人の保険外交員として、第三者受取契約チェック・シートの提出も知っており、先のような控訴人の取扱いを知っていたか、容易に知ることができた。
(六)被控訴人は、本件保険契約の契約に当たっては、保険契約者であるBに代わって契約申込書を作成したほか、保険者である控訴人の取扱者として関わり、第三者受取契約チェック・シートを作成して提出した。被控訴人は、契約申込書の死亡保険金の受取人の続柄欄には、「内縁」と記載し(その後、被控訴人以外の者によって「の妻」と補充された。)、第三者受取契約チェック・シートの内縁関係の場合の同居の有無・期間の欄には、二年か三年同居している旨の記載をして提出した。
右によれば、平成五年三月当時、被控訴人が、Bとの関係をありのまま記載して契約申込書を提出し、また同居していない旨記載して第三者受取契約チェック・シートを提出すれば、控訴人は本件保険契約の締結を承諾していなかったものと認められる。被控訴人自身も、そのような不安があったからこそ、契約申込書及び第三者受取契約チェック・シートに前記(六)のような記載をしたものと認められる。原審被控訴人本人は、「内縁の妻とは、籍の入っていない男女の愛人関係のことと理解していた」と供述するが、右は、「内縁」という言葉の通常の使い方と反しており、信用することはできない。そして、「内縁」との記載は、生活の本拠を妻のもとに置くBとの関係を表す言葉としては誤りであり、二年か三年同居している旨の記載は、明らかに虚偽の記載である。
そうすると、被控訴人が控訴人の取扱者として、控訴人が保険契約の締結を承諾するかどうか判断する重要な部分に関し、契約申込書及び取扱者として提出する書類に虚偽の記載をした行為は、被控訴人の職務上の義務に違反したものであることが明らかである。このような被控訴人が本件保険契約の死亡保険金の受取人と主張して控訴人に対し保険金の請求をすることは、信義則に反し許されないものといわねばならない。
4 結論
右のとおり、公序良俗違反及び信義則違反をいう控訴人の主張はいずれも理由があり、被控訴人の請求は理由がない。
二 したがって、被控訴人の請求を認容した原判決は失当であるからこれを取り消し、被控訴人の請求を棄却することとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 菊池洋一 江口とし子)